趣味がない私が釣りに夢中|楽しむことに条件をつけていた私の変化
こんにちは、Fumyです。
実は私、子どもの頃から趣味と言えるものがなく過ごしてきました。
趣味を書く欄があると、当たり障りのない「読書」「映画鑑賞」などでやり過ごす日々。
趣味がなくても、特別困ることはありません。
でも、心のどこかで思っていました。
私、このまま一生、趣味を持たずに終わるのかな……。
そんな私に、最近ちょっとした変化がありました。
きっかけは、まさかの釣り。
今日は、趣味に生きる夫の話と、釣りとの出会いで気づいた、自分自身の変化についてお話しします。
趣味がないまま生きてきた私
「趣味は?」
これを聞かれると、思わず「来たか!」と身構えてしまう私。
だって、これといった趣味も特技もないんです(;^ω^)
困ったときは「読書」や「映画鑑賞」でやり過ごす。
ところが、
「どんな本が好きなの?」
「最近、何の映画を観た?」
なんて深掘りされたら困ってしまう💦

そのため、最近はもっぱら「趣味は食べることです!」
これなら毎日食べてますから!(^^)!
……なんて、味わいのない人生なんだろう。
人生に奥行きがないというか、何か物足りないというか。
趣味がないことに、少しばかり引け目を感じていたんです。
趣味に本気すぎる夫
私とは対照的に、夫は趣味に生きる人。
平日、仕事が終わってから自室で作業することもあれば、休日は一日中、趣味に時間を費やすこともあります。
夫の部屋は、まさに趣味一色。

モデルガン集めやプラモデル作りが趣味で、子どもの頃から集めた未開封のプラモデルは、夫の部屋だけでは収まりきらず、各部屋のクローゼットや天袋まで占領しています。
その姿は、まるで職人

市販のキットを組み立てるだけではありません。
パーツを自作したり、ジオラマを作ったり……。
夫よ、何も知らないと思ってる?
作業に夢中なあなたの背後で、私は見ているのです。
草木を植え、戦車や舟を配置して、ジオラマ作りに没頭していましたね。
私としては、昭和の街並みや鉄道のジオラマなら興味津々なんだけど……。
戦車や戦場は、ちょっと射程外です(笑)。
見習いたいところもある
私はプラモデルのことは何ひとつわかりません。
戦車にも、全く興味はありません。
でも、夫の姿を見ていて、すごいなと思うところがあります。
ひとつは、探求心。
戦車のリアルさを追求するために、本や雑誌で資料を調べる夫。
作ろうとしている戦車が、いつの時代、どの戦争で使われたものなのか。どんな土地で使われ、その地形や土の状態によって、どんな汚れ方をするのか。
そこまで考えて作っているんです。
もうひとつは、管理能力。
細かな部品まできちんと管理し、作業が終われば、ひとつ残らず片づける。
エアーブラシなどの道具も、きれいに洗浄しています。
私は、作業の後片づけをつい後回しにしてしまうタイプ。
そこは本当に頭が下がります。
真剣さが裏目に出た日
そんな夫には、ひとつ夢がありました。
子どもと一緒に机を並べ、プラモデルを作ること。

子どもの成長とともに、その夢も現実味を帯びてきた頃です。
幼稚園に通っていた息子が、工作用紙で建物を作りたいと言い出しました。
夫の遺伝なのか、ものづくりに興味を示した息子。
私は「これは夫の夢を叶えるチャンス!」と思い、その作業を夫に託しました。

親子で微笑ましい共同作業。
……のはずが。
しばらくすると、子どもの泣き声が聞こえてきました。
そうだった。
夫のものづくりに対する本気を、すっかり忘れていたのです。
夫は息子にも妥協を許さず、事細かく指導していました。
この日のことは、今でも息子の記憶に残っています。
そして、夫が夢見た「子どもと同じ趣味を楽しむ」という夢は、あえなく途絶えたのでした。
趣味に対する熱量は、夫婦でも親子でも違うもの。
好きなことだからこそ、つい本気になってしまう。
その気持ちはわからなくもないけれど、楽しみ方まで同じとは限らないんですよね。
私が趣味を持てなかったのは?

実は私も、何にも興味がなかったわけではありません。
子どもの頃は絵を描くのが好きでした。
オリジナルのキャラクターを作って漫画を描き、友達に読んでもらったこともあります。
作品を応募しようと考えた時期もありました。

でも、自分が目指す完成度に達していないことが許せず、結局、挑戦すらしませんでした。
手芸にも興味がありました。
母が洋裁をしていたので、その横で人形やぬいぐるみを作ったり、編み物に挑戦したりすることもありました。

漫画や本を読むことも好きでした。
一度読み始めると寝食を忘れるほど夢中になる。
でも、今度は生活に影響が出るほどのめり込んでしまい、うまく続けられませんでした。
好きなことは、いろいろあったんです。
それなのに、どれも趣味と呼べなかった。
今になって考えてみると、私は自分の思い描く完成形に届かないと、満足できないところがあるようです。
得意なことほど、できて当然だと思ってしまう。
楽しむことよりも、納得できる成果を求めてしまう。
もしかしたら、私は趣味を楽しむためのハードルを、自分で高くしていたのかもしれません。
そんな私に、ある日、思いがけない出会いがありました。
まさかの釣りデビュー
ある日の夜、息子が突然、こんなことを言い出しました。

「明日、友達と釣りに行く」
えっ💦
早朝に出発するから、朝起こしてほしいというのですが……。
どこに行くの?
釣り竿は?
何を準備すればいいの?
聞いてみても、息子自身、具体的なことはよくわかっていません。
友達の家族が釣りに行くと聞いて「いいな~」と言ったら、「来る?」と誘われたらしいのです。
そして、指定された時間に、指定された場所へ行く。
そんな感じで決まった釣りでした。
しかも、手ぶらでいいと言われたらしい。
お友達のお母さんに確認すると、
「お母さんも、一緒にどうですか?」
「えっ? 私も?」
軽いノリで誘ってくれたのかもしれません。
私はいったん断ったのですが、なぜか無性に興味が湧いてきました。
翌朝、息子を集合場所に送り届けて、ご挨拶だけでもしよう。
そう思っていたはずなのに……。
一応、化粧をして、日焼け止めを塗って、帽子にタオルも準備して。
あれ?
私、何かちょっと準備してない?
まあ、もしものために……。
そんなこんなで、結局、車に同乗して釣りに同行することになりました。
そして、待っていたのは。
ビギナーズラック!

アジが面白いように釣れるんです。
ワクワクが止まらない。
釣りって、こんなに楽しいんだ!
私は、初めて釣りの楽しさを知りました。
慌ただしさと、少しの油断
釣りの話が出てから、実際に現場へ行くまで、あまりにも時間がありませんでした。
何を準備すればいいのか、何を知っておくべきなのか。
あれこれ考える余裕もないまま、気づけば釣りを楽しんでいたのです。
うまくやろうとか、何かを得ようとか。
そんなことを考える暇もありませんでした。
もしかしたら、余計なことを考えなかったからこそ、純粋に楽しめたのかもしれません。
釣りは楽しい。でも、悔しい。
知識もない。
道具の扱い方もわからない。
最初から上手にできる条件なんて、ひとつもありませんでした。
それでも、ただただ楽しかった。
ところが、楽しい時間が終わってから、後悔や反省が次々と湧いてきました。
もっと準備しておけばよかった。
釣り竿を借りて、迷惑をかけてしまったな。
魚を締めたり、鮮度を保つために保冷したり。そうした作業は、お友達のお母さんが全部やってくれていました。
手を洗おうとしたときには、魚の臭いが取れるようにと、紙石鹸をさりげなく手渡してくれたんです。

すごい。
こんな気遣いができるなんて。
私は釣りを楽しんでいただけだったけれど、その裏では、いろいろな準備や気配りが必要だったんですよね。
次は、私にも何かできることがあるはず。
そう思い、YouTubeを観たり、ネットで調べたりするようになりました。
知れば知るほど、恥ずかしくなる
私の悪い癖。
納得いくまで調べまくる(笑)。

釣りについて知れば知るほど、自分がどれだけ何も知らずに参加していたのかがわかってきました。
魚の釣り方にも種類がある事、
エサのつけ方にもコツがある事、
魚の鮮度を保つためには、適切な処理が大切な事、
その他にも釣り場の選び方や道具の手入れ・・・。
知らなかったことが、次々と出てきます。
初めての釣りを振り返ると、恥ずかしさで消えてしまいたくなりました。
でも、不思議なことに、ここで「もうやめよう」とは思わなかったんです。
むしろ、
もっと練習しよう。
せめて、周りに迷惑をかけず、自分のことは自分でできるようになりたい。
そんな気持ちが湧いてきました。
夫という協力者
夫に釣りの話をすると、すぐに釣り竿や道具を買いに連れて行ってくれました。
夫自身は、釣りにまったく興味がありません。
でも、以前から、趣味がない私のことを心配していました。
「何か趣味を持ったほうがいい」
そんなことを、事あるごとに言っていたのです。
だからなのか、今回の釣りにはとても協力的。
自分は一緒に釣りをするつもりはないけれど、応援はするよ。
そんなスタンスです。
それから何度か、私と息子を釣りに連れて行ってくれました。
2回目の釣りは、想像以上に悲惨だった
ネットやYouTubeで勉強し、とりあえずの道具も揃えました。
初回の記憶を手繰り寄せながら、イメージトレーニングもバッチリ。
糸の結び方も練習したし、釣った魚の締め方も調べました。
この広い海の中で、たくさんの魚が私を待っている。
そんな高揚感で、ワクワクする気持ちを抑えきれませんでした。

ところが。
現実は、そう甘くなかった。
その日は風が強く、寒い。
エサをつける指先はかじかみ、釣りを始めると、すぐに糸が根がかり。
仕掛けが切れてしまいました。
寒い中、必死で糸を結び直し、仕掛けをつける。
息子も釣りは初心者なので、エサをつけることさえままなりません。
息子の世話に追われ、自分の釣りに集中できない。
そんな中、隣で突然、
「ボチャン!」
何かが水面に落ちる音がしました。
えっ?
息子がリールを海に落としたのです。
どうやったら、そんなことになるの?💦
とりあえず、糸はつながっている。
ならば、ひたすら糸を手繰り寄せるしかありません。
どれくらい時間が経ったでしょう。
諦めかけたそのとき、
「あっ、見て!」
なんと、息子がリールを釣り上げていたのです(笑)。
リールは回収できたものの、釣り竿は一本使えなくなり、寒さに耐えかねた息子も車へ戻りました。
夫も寒さに弱いので、早々に車へ避難していました。
そして、私は一人、釣り場に残りました。
寒い。
とにかく寒い。
糸は切れるし、リールは海に落ちるし、魚ではなくリールを釣り上げる始末。
周囲から見れば、ずいぶん滑稽な光景だったと思います。
これ以上、恥ずかしいこともない。
それでも私は、ただ糸の先に集中していました。
もう、誰にも邪魔されない。
ただ、糸を垂らす。
目の前の海と、自分だけ。
仙人にでもなったような心境でした。
……いや、実際には寒さでそれどころではなかったのですが(笑)。
結局、その日は一匹も釣れませんでした。
寂しさと恥ずかしさだけが残った2回目の釣り。

でも、不思議なことに、やめたいとは思わなかったのです。
次は寒さ対策をしよう。
リールをしっかり固定して、道具の点検も忘れずに。
予備の道具も準備しておこう。
気づけば、気持ちはもう次の釣りに向かっていました。
次は、初心者でも釣りやすい場所を選びました。
料金を払って利用する釣り場で、係の人もいます。わからないことがあれば、聞くこともできます。

そこで、数匹のキスが釣れました。
ちょっと、ホッとしました。
それから何度か釣りに出かけていますが、行くたびに反省点や改善点があります。
それでも、また行きたくなるんです。
失敗しても、またやりたくなる
ここまで書いて、改めて思いました。
私、どうしてこんなに釣りに夢中になっているんだろう?
だって、まだまだ全然釣れないんです。
やり方が合っているのか、間違っているのかさえわからない。
それなのに、海を前にすると「今日は大漁かも!」と胸が躍ります。
魚が釣れれば、たとえ小魚でも夕飯のメインディッシュに登場。

釣った魚を料理する楽しみまであります。
そして、何より不思議なのが、釣りの後。
道具を洗って、干す。
ただそれだけなのに、なぜかやり遂げたような爽快感があるんです。
洗濯はそれほど好きではないのに、釣り道具を干しているときは、妙な達成感に満たされる。
この現象を誰か私に説明してほしい(笑)。
うまくできるから楽しいわけではない。
たくさん釣れるから楽しいわけでもない。
もちろん、釣れたらうれしいし、上手になりたい気持ちもあります。
でも、それだけでは説明できない何かがあるんです。
「楽しむ前に、上手にできるか」を考えていた
好きなことに、夢中になること。
それが趣味なのかもしれません。
でも私は、楽しむ前から、難しく考えすぎていたのかな。
得意なことなら、人に負けたくない。
もっと知識を得たい。
納得できるものに仕上げたい。
いつの間にか、楽しむことより、できばえや成果を気にしていました。
でも、今回の釣りは何も知らない初心者。
だからこそ、うまくやろうと気負わず、楽しめたのかもしれません。
失敗しても、次はこうしてみようと思える。
うまくいかないことが、次の楽しみにつながっていく。
今まで私は、「上手だから楽しい」と考えていたのかもしれません。
でも、釣りを通して気づきました。
上手にできるから楽しいのではなく、楽しいから、もっと上手になりたい。
私の中で、何かが変わった瞬間でした。
自分を評価することを忘れる時間
釣りに夢中になっているとき、私は自分が上手かどうかなんて考えていません。
魚が釣れるかもしれない。
次は、こうしてみよう。
あの道具を使ってみたい。
そんなことばかり考えています。
そして、気がつけば時間が過ぎている。
自分の出来ばえを評価することも、誰かと比べることも忘れている。
私にとって釣りは、そんな時間を与えてくれました。
うまく表現できないけれど、
「自分を評価することを忘れる時間」。
そして、
「気持ちの居場所を見つけた」ような感覚。
それが、私を夢中にさせた理由なのかもしれません。
趣味に生きる夫を、少し理解できた
夫がプラモデルに夢中になっている姿。
以前は、私には理解できない世界だと思っていました。
どうして、そこまで夢中になれるんだろう。
どうして、あんなに時間をかけられるんだろう。
でも今は、少しだけわかる気がします。
何かに夢中になっている時間は、誰かに評価されるためだけのものではない。
上手になることだけが目的でもない。
ただ、自分が楽しいから続けている。
夫も、こんな時間を過ごしていたのかな。
そう思うと、今までとは少し違う気持ちで、夫の趣味を眺められるようになりました。
それだけでも、釣りとの出会いは大きかったと思います。
釣りは趣味? それは、まだわからない
「趣味は何ですか?」
そう聞かれたら、今の私は何と答えるんだろう。
釣り?
まだ、ちょっと違う気もします。
今はただ、夢中になれるもの。
もっと知りたいと思えるもの。
それだけで、いいのかもしれません。
趣味がないことを、少し気にしていた私。
そんな私が、今では釣りに出かける日を楽しみにしています。
この先、釣りが趣味になるのか、それとも別の何かに夢中になるのか。
まだ、わかりません。
でも、今の「楽しい」という気持ちを大切に、これからもいろいろなことに出会っていけたらと思います。
皆さんには、夢中になれるものがありますか?





