『もう、誰か助けて』と思った実家じまい|50代になって自分のこれからを考え始めた
こんにちは、Fumyです。
先日、14年前まで両親が住んでいた家の跡を見に行きました。
もう、家はありません。
更地になった場所に立っていると、ふと、あの頃のことを思い出しました。
年を重ねた両親を近くに呼び寄せるため、家を片付けて引っ越した日のこと。
あの時は、まさか自分が、
「もう、誰か助けて」
と思うほど、追い詰められるとは思ってもいませんでした。
あの経験から14年。
今、50代になった私は、少しずつ「自分のこれから」を考えるようになっています。
14年前、実家の片付けを始めた
その家は、祖父母の代から住んでいた古い家でした。
父の兄弟たちも一緒に暮らしていた時期があり、家の中には、長い年月の間に積み重なったたくさんの物が残されていました。
引っ越しなのだから、荷物を整理して運び出せばいい。

当時の私は、そんなふうに考えていました。
でも、実際に始めてみると――
「片付ける」って、こんなに大変なことだったの?
と思うことの連続でした。
祖父母の代から続いた家から、出てくる出てくる……

まず、驚いたのが物の量です。
布団・座布団
祖父母と両親、私、同居していた父の兄弟。
さらに、父の兄弟や従妹たちが帰省した時に使う布団までありました。
多い時には二家族8人ほど泊まっていたので、今思えば布団の数にも納得です。
座布団も大量。
昔の座布団って、何故か分厚いんですよね。
夏用、冬用、お客様用。
お坊さんが来た時に出していた特別仕様の座布団なんて、
「これ、座ったら転げ落ちるんじゃない?」
と思うくらい分厚くて、色もかなり派手でした(笑)
着物・洋服
着物用の箪笥には、たくさんの着物。
私は、祖母や母が着物を着ているところを一度も見たことがありません。
「これ、いつ、誰が着るの?」

と思いながらも、一つ一つに思い出やエピソードがある。
洋服も同じでした。
父が新婚当初に着ていた、ちょっと変わった柄のシャツ。
母が洋裁学校時代に着ていたミニスカート。
私の学生時代の服。
家庭科で作ったパジャマ。
他界した祖母の洋服まで出てきました。
「絶対着ないでしょ。いや、もう着られないでしょ」
と思うものばかりなのに、簡単には捨てられない。
食器

箱に入ったままの頂き物の食器もたくさんありました。
遠い親類が以前旅館を営んでいたこともあり、いただいた食器が多数。
一度も見たことがない、何を乗せるのかイメージできない食器。
オシャレすぎて、我が家の食卓には合わない食器。
でも、どれもまだ使える。
「使えるから捨てにくい」
これも、片付けを難しくする理由の一つでした。
写真・アルバム・手紙

これは、意外と時間がかかりました。
何と言っても、思い出がぎっしり詰まっている。
途中で何度も手が止まり、
「この頃はね……」
と昔話が始まります。
処分するにも、時間がかかるんですよね。

ランドセル・成績表・テスト・教科書
「まだこんなに綺麗。まだ使えるよ~」
母にとっては、私のランドセルも大切な思い出だったようです。
通知表はともかく、小学生の頃のテストまで残っていました。

「これ、100点とってるよ」
なるほど。
良い点数だと、捨てがたいのね(笑)
教科書やノート、テキストも大量に残っていました。
私が捨てようとすると、
「まだ、使えるのに……」
いつ?
誰が?
……と思ったのは内緒です(笑)
絵画・おもちゃ
高校時代、美術部だった私の油絵や模写、自画像。
小学生の頃に描いた「水を大切に」というポスターや、1輪のアザミの絵まで出てきました。
結局、一部は今でも私が保管しています。
そして、昔のお菓子についていた小さなおもちゃ。

これも、全部取ってありました。
意外と見ていると面白くて、
これは……捨てにくい(笑)
となるんです。
レシート・領収書
はい。
これも、めちゃくちゃありました。
感熱紙の印字がほとんど消えて、
「これ、何のレシート?」
というものまで(笑)
夫が見て、
「何これ?」
と驚いていました。
ゴミにしか見えなかったんでしょうね。
捨てようとしたら、母に取り上げられていました(笑)
ちょうちん・足踏みミシン
お盆に使っていた、回転式や吊るタイプのちょうちんもたくさんありました。
明かりが灯って、絵柄が部屋に映し出され、回転すると幻想的な雰囲気になる。

子どもの頃の私は、それが大好きでした。
でも、大人になって片付ける側になると……
「こんなにあったの?」
です。
足踏みミシンも、祖母と母が使っていたものが2台。
古くて、ずっしり重い。
母は洋裁学校を出ていて、スカートやワンピース、ジャケットまで、私が成人する頃までたくさんの服を手作りしてくれました。
これは、母にとっても私にとっても大切な物。
2台のうち1台は、残すことにしました。
こうして振り返ると、物の一つ一つに「捨てられない理由」があったんです。
「これはゴミです」では終わらない
さらに大変だったのが、普通の家庭ごみとは違うものです。
人形

お雛様、人形の付いた大きな羽子板、日本人形、こけし、モンチッチ、キューピー人形……。
人形の仕分けを始めてから、毎日のように人形の夢を見るようになって、
「こ、これは……ヤバいやつでは?」
と、ちょっと怖くなりまして(笑)
慌てて人形供養について調べました。
申し込みをして、段ボールで送ると、ご祈祷をしたうえでお見送りしてくれるサービスがあり、とても助かりました。
消火器
広い家だったので、消火器も複数ありました。
ところが、どれも使用期限が切れている。
中には腐食して危険な状態のものまでありました。
新しいものを購入した際に引き取ってもらったり、回収窓口に持ち込んだり。

「古いから捨てればいい」
では済まないものもあるんですよね。
薬品・農薬
棚の奥からは、謎の瓶や缶も出てきました。

母によると、染み抜きなどに使った薬品もあったそうですが、
「これは何?」
という、母が嫁いできた時にはすでにあったという謎の薬品まで。
ラベルが剥がれかけているものもあり、素人判断で処分するのは怖い。
専門業者を調べて、引き取ってもらいました。
さらに、自宅の横に畑があったため、農薬もいくつかありました。
これも簡単には処分できません。
しかも、ラベルが剥がれていて、本当に何なのか分からないものまで。
ここで、ちょっと余談。
小学生の頃、夏休みの課題で「アイディア貯金箱」を作ったことがあります。
紙粘土でウサギの貯金箱を作り、仕上げにニスを塗ろうとした私。
「ニス、どこ?」
と探して、見つけたものを持ってきて塗ったんです。
ところが、それは……
農薬でした。
気づかず刷毛で塗ってしまい、部屋中に異臭が。
母がすぐに気づいて事なきを得ましたが、当時の私は農薬だとは全く気づいていませんでした。
今思うと、かなり怖い話です。
古い家の片付けには、こうした危険が潜んでいることもあります。
この経験から、私は身をもって知りました。
捨てるにも、捨て方がある。
専門業者や回収窓口を探す労力。
場合によっては、処分費用もかかる。
つまり、
物を持つということは、いつか処分する責任を持つこと。
これは、痛いほど身に沁みました。
親の物は、子どもの物とは違う
自分の物なら捨てられる。
でも、
親の物は簡単に捨てられない。
親が生きているうちに実家を片付ける。
これは、単純に「いらない物を捨てればいい」という話ではありません。
「もったいない」
「まだ使える」
「思い出がある」
「触らないで」
親には親の気持ちがあります。
だから、勝手に処分することもできない。
親子なんだから。
いえ、
親子だからこそ、踏み込めない領域もある。
ここを間違えると、その先の親子関係にも影響するかもしれません。
「もう、誰か助けて」
片付けの作業が、少しずつ私を追い込んでいきました。
子育てをしながら、週末は遠方の実家へ通う。
次々に物が出てきて、いっこうに減らない荷物。

進まない荷造り。
両親も片付けのことで揉めている。
そこに、引っ越しに伴う手続きも重なります。
電気、水道、ガス。
行政への届け出。
郵便物の変更。

建物は祖父の名義で、土地は借家。
すぐに家を処分することもできません。
名義の変更から、土地の返却手続きまで必要でした。
そして、次に両親が住む家も探さなくてはいけない。
両親を連れて、いくつもの物件を見に行きました。
でも、なかなか決まらない。
そんなことが重なって、
「もう、ここを一歩踏み越えたら私は終わる」
そんな感覚になっていました。
精神が壊れるときって、こういう感じなのか。
当時は、そんなことまで考えていました。
結局、業者さんに言われた一言
主人の両親の伝手で、何とか住む家も見つかりました。
引っ越しの日も決まった。
でも、最後まで進まなかったのが、荷物の処分でした。
もう、投げ出したい。
全部捨てて逃げ出したい。
この荷物、どうやって処分するの?
そう思っていた時です。
家の解体作業を依頼していた業者さんから、こんな一言が。
「いらないものは、全部置いといてください」
「……え?」
「家具も?」
「はい」
「食器も?」
「はい」
「服も?」
「はい。何でも置いといてもらったら処分しときますよ」
「いるものだけ持って行ってください」
……
この頃には、両親も心身ともに疲れ切っていました。
なので、
びっくりするくらい、すっぱり荷物を置いて出てきました(笑)
今までの作業は何だったの?😂
家そのものも、最後は解体
荷物を運び出したあと、最後に残ったのは家そのもの。
あの家は、6畳の和室が6部屋、板張りの8畳間が1部屋。
キッチンも2つ、トイレは3つ、お風呂も2つ、玄関も2つある、かなり古い木造平屋でした。敷地内には納屋もあり、そこには農機具や古い道具類が収納してありました。
解体をお願いしたのは、親類が以前、家の解体で利用した業者さん。
「ここなら安くしてくれると思うよ」と紹介してもらいました。
そして、最終的な解体費用は100万円。
当時の私は、それが高いのか安いのかも分かりません。

ただ、
「これで、全部終わるんだ」
そう思ったことだけは覚えています。
それでも、あの片付けは必要だった
業者さんに任せれば、物理的には片付きます。
でも、
何を残して、何を手放すのか。
その判断は、本人や家族にしかできません。
だから、あの作業は無駄ではなかったと、今でも思っています。
今でも時々、母が言います。
「家にあった大皿、あれ持ってくればよかった」

「餅つきの杵や臼、持ってくればよかったね」
でも、あの時、
「これは持っていかない」
と決めた。
苦しんで、悩んで、必要ないと判断した。
その決断を、私と両親は共有しています。
だから今は、
「そうだったね」
と、思い出として話せる。
あの片付けは、
「片付け」ではなく「別れの作業」だった。
今は、そう思っています。
一人っ子だった私が思うこと
実は、私は一人っ子です。
実家の片付けをしていた頃、
「兄弟や姉妹がいれば、いろいろ相談できたのかな」
「片付けも、もう少し楽だったのかな」
と思ったこともありました。
確かに、一人っ子の場合は、体力的な負担が大きくなったり、何かを決める時に一人で背負うこともあります。
でも、今振り返ると、
一人っ子だったからこそ、良かったこともありました。
何を残すのか。
何を手放すのか。
両親をどこへ連れて行くのか。
どうするのか。
最終的な判断を、私の意志で決めることができたからです。
兄弟や姉妹がいれば、相談できる心強さがある一方で、それぞれに思い出や思い入れ、引っ越しに対する考え方もあるでしょう。
「これは残したい」
「これは持っていきたい」
「まだ捨てなくてもいいんじゃない?」
そんな意見が増えれば、決めるまでに立ち止まることも、きっとあります。
だから、
「一人っ子だから大変だった」
とも、
「兄弟がいれば楽だった」
とも、一概には言えないと思っています。
家族の人数によって、それぞれに違った大変さがある。
一人っ子だった私は、体力的には大変だったけれど、
迷いながらも、自分の判断で進められた。
もちろん、夫の助けも大きかったですが、判断は全て私です。
それは、あの時の私にとっては、大きなことだったと思います。
そして14年後。50代になった私が思うこと
先日、その家があった場所に立って思いました。
14年前、私は両親の物を片付けました。
そして今度は、
自分のこれからを考える番なんだ。
と。
当時、大変だったのは「物が多かったこと」だけではありません。
誰が何を契約しているのか。
どこに何があるのか。
何を残して、何を処分するのか。
それが分からないことも、大きな負担になる。
そして今は、昔よりさらに複雑になっています。
昔なら、引き出しや金庫を見れば分かったものも、
今はスマホの中にあります。
銀行口座。
クレジットカード。
保険。
ネットショッピング。
定期購入。
サブスク。
スマホの契約。
アプリ。
写真やデータ。
本人しか分からないアカウント。
「私が突然いなくなったら、これ誰が止めるんだろう?」
そう考えることがあります。
だから私は、50代の今から少しずつ備えておきたいと思っています。
そして、物の整理だけではありません。
50代になってから、病院や歯科、美容、子どものことなど、思っていた以上にお金が出ていくことにも気づきました。
「50代って、こんなにお金がかかるの?」
そんな私のリアルな支出については、こちらの記事にまとめています。👇

まずは「分からない」を減らしていく
いきなり完璧な終活をするつもりはありません。
全部を整理しようとしたら、それだけで疲れてしまいます。

だから、まずは小さなところから。
- 物を増やしすぎない
- 子どもが処分に困りそうな物を整理する
- 大切な物を明確にしておく
- 契約関係を一覧にする
- 電気・ガス・水道などの契約を確認する
- 通帳やカード、保険関係の保管場所を分かるようにする
- スマホの契約やアプリ、サブスクを把握する
- 定期購入しているものと、解約方法を確認しておく
全部を一気にやるのではなく、
「これ、私がいなくなったら誰が分かるんだろう?」
と思ったところから、一つずつ。
それだけでも、残された家族の負担は少し変わるのではないかと思っています。
でも、全部を手放せばいいわけじゃない
ここは、14年前の経験があるからこそ、今の私が大切にしたいところです。
「子どものために、物を減らさなきゃ」
そう思う一方で、
大切な物まで全部処分する必要はない。
とも思っています。
母の足踏みミシンを一台残したように、
「これは残したい」
と思うものもあります。
値段が高いから残すのではなく、
思い出があるから。
大切な人との時間が詰まっているから。
自分にとって意味があるから。
そういう物まで、無理に手放す必要はないと思っています。
大切なのは、
何を捨てるかではなく、何を残したいのか。
なのかもしれません。
14年前の私から、50代の私へ

14年前、私は両親の家を片付けました。
あの時は、とにかく目の前の荷物を減らすことに必死でした。
「もう、誰か助けて」
そう思うほど、大変でした。
でも、あの経験があったからこそ、
物を持つこと。
思い出を残すこと。

家族に何かを引き継ぐこと。
そして、自分でできるうちに整理しておくこと。

いろいろなことを考えるようになりました。
更地になった実家の跡地に立った今、
次は私の番なんだと思います。
とはいっても、まだまだ全部はできていません。
引き出しの奥にも、きっと何かあります(笑)
だから、50代の今から少しずつ。
自分にとって大切なものを残しながら、
未来の誰かが「どうしたらいいの?」と困らないように。
自分でできることは、自分で整理しておきたい。
そんなふうに思っています。
まだまだ、始まったばかりですけど(;^ω^)




